6泊7日の西日本車中泊旅行記録
こんにちは、仕事を辞めて個人事業主になった杉浦かおるです。
有給消化中に1週間かけて、愛車のマークXで中国、九州、四国を回る車中泊旅行に出かけました。
関西以西の西日本にはあまり行ったことがなかったことから温泉を中心に旅行しました。
スポーツセダンたるマークXで車中泊できるのかという疑問を持たれる方もいるかもしれませんが、工夫すれば快適に車中泊できますよ(別に記事にします)
さて、せっかくの旅行ですので、写真整理を含めて立ち寄った場所を簡単に挙げていこうと思います。
1日目:鳥取砂丘・玉造温泉
愛知から高速道路を利用して鳥取へ。
6時に出発して昼過ぎに鳥取砂丘まで到着できるのは驚きでした。
鳥取砂丘
昨年の旅行依頼1年ぶりに訪れました。
鳥取といえば鳥取砂丘。
愛知県の人間としては「ほかに観光地がないから鳥取砂丘を推さざるを得ず、実際は大したことないでしょ」と思っていました。
しかしながら、実際行くと規模に圧倒されました。
砂丘に登るにも一苦労です。
バイク乗りの自分として、将来的にはサハラ砂漠をバイクで走ってみたいと思わせてくれました。
玉造温泉ゆーゆで入浴
砂丘を見ていたら夕方になってしまったため、西に進み玉造温泉へ行きました。
ほとんどが高級な旅館ばかりであることから、唯一の日帰り温泉施設である「玉造温泉ゆーゆ」で入浴しました。
歴史ある旅館が立ち並ぶ玉造温泉の中で、近代建築が異彩を放つ施設。
温泉は弱アルカリ性で加水加温あり、泉質は正直なところ微妙で塩素臭もするなど残念。
ただ、露天風呂、サウナ二種類(水風呂なし)でJAF会員400円と格安。
施設も古いながら綺麗で大きくコスパ良好な立ち寄り温泉であるといえます。
この後、道の駅にて車中泊しました。
2日目:温泉津温泉薬師湯
2日目は道の駅で起床。
朝から虹が出ていて縁起が良かったです。
温泉津温泉は日本一の温泉と言っても過言ではない
朝風呂として、温泉津温泉の薬師湯へ向かいました。
温泉内の道が狭く、少々ドキドキでしたが、向かうことができました。
石見銀山の積出港として栄えた当地にある立寄温泉です。
地下数メートルから噴出する源泉かけ流しという豪華な温泉。
湯の華のために浴槽や床で鍾乳洞の如く結晶化しており、驚きです。
湯は白濁しわずかに海水のようなにおいで塩味があります。
浴槽は昔ながらの小さなものが1つあります。
泉質も最高なのですが、建物も大正や昭和初期のような浪漫あふるる感じ。
さらに女将さんの素晴らしさも光る。
個人的には過去最高の温泉と言える場所でした。
温泉津温泉は全体的にレトロであり、バブルはおろか高度経済成長期の恩恵も受けていないような街並みが続きます。
今度は泊まりで訪れたいと思える温泉でした。
3日目:呉のてつのくじら館、大和ミュージアム、ドライブインみちしお
2日目は温泉津温泉の後、下関を経由して広島に行くという謎工程を取ってしまいました。
3日目は呉市を観光して、ドライブインみちしおで車中泊しました。
「てつのくじら館」でミリタリー欲を満たす
呉の象徴、潜水艦あきしおに入れる海上自衛隊の施設。
コロナ禍で人数制限はしていたものの問題なく入館できました。
展示内容は掃海と潜水艦というマニア好みのもの。
彼女と一緒に行ってはいけない(至言)
潜水艦あきしおへの乗艦はハイライト。
通常動力型潜水艦の狭さがすごい。(写真撮影禁止)
こんなところに押し込められる海上自衛隊員は本当に大変だと思う。
日本の排他的経済水域を考えると快適で航続距離の長い原潜があってもバチは当たらないとは思うが。
とりあえず、無料で入館できるのに素晴らしい展示の数々であり、言って損はないと思います。
大和ミュージアム
てつのくじら館の隣にある博物館。
戦艦大和のジオラマの大迫力に圧倒される。
収蔵品も秀逸。
呉空襲時の血染めの軍艦旗や佐久間大尉の遺書など収蔵品に凄みを感じる。(収蔵品は撮影禁止)
軍港としての歴史の深みが違う。
零戦62型の実物に驚き。
個人的にはノルデン爆撃照準器が良かったです。
ドライブインみちしお
呉市を後にして、西に戻りました。
3日目の寝床はドライブインみちしおです。
ここは、貝汁で有名なドライブイン。
これでもかと入ったアサリの味噌汁が身体に沁みます。
昭和ライクな食堂ながらタッチパネル式で注文するサイバーパンク感も好き。
温泉とコインランドリー付きで疲れも汚れも落とせる。
広大な駐車場は車中泊のメッカのようで快適に睡眠ができました。
4日目:宗像大社、福岡市で宿泊
関門トンネルを超えて九州に上陸しました。
この日は休養日ということで早めにホテルに行きました。
宗像大社
百田尚樹の「海賊と呼ばれた男」を出発前にたまたま読んで行きたくなったため、宗像大社に立ち寄りました。
出光の創業者が再建に尽力した建物であります。
まつられている宗像三女神は道主貴であるため道中の安全祈願もかねてお守りを頂きました。
マークXに取り付けたおかげか事故もなく2500kmを無事走破できました。
志賀島を冷やかしホテルに
宗像大社を後にして、「漢委奴国王」の金印で有名な志賀島に立ち寄りました。
バイクが多いですね。
道が狭い割にはバイクの数が多く景色もそこそこいい感じが地元の知多半島を思い起こされました。
早めに博多のアパホテルに宿泊し、そのまま寝てしまいました。
中洲に行き忘れる痛恨のミス
5日目:太宰府天満宮、吉野ケ里遺跡記念公園、島原
マークX車中泊はそれなりに快適ではあるものの、1日数百キロ移動する旅のため、疲労がたまったのかもしれません。
アパホテルでぐっすりと睡眠をとった後、出発しました。
太宰府天満宮で資格試験合格を祈願する
社会保険労務士の資格取得に専念するために仕事を辞めました。
このため、学問の神様たる菅原道真公を祀る太宰府天満宮で合格祈願をしました。
早朝でも修学旅行生でいっぱいであり、自分も頑張らなければならないと再確認。
それにしても、左遷させられた一官僚である菅原道真公は本当にかわいそうな人だと思ってしまう。
吉野ケ里歴史公園
道中看板を見つけ軽い気持ちで立ち寄りました。
静岡県民の自分としては登呂遺跡と同じぐらいの規模で30分もあれば回れてしまうだろうと勝手に思っていましたが考えが甘かったです。
信じられない広さで駆け足で回っても2時間近くかかりました。
逆茂木や濠、策など弥生時代でも関ヶ原の戦いと同じような築城がされていたことに驚き。
また、独特な棺は瓦屋の孫として紀元前にここまで大きな焼き物を作れる技術があったことに驚きました。
銅剣もかっこいい。
子どもと行って損はない場所です。
土石流被災家屋保存公園
1991年の雲仙普賢岳の噴火及び土石流で埋没した家屋をそのまま展示している施設。
12名の消防団員が殉職する惨禍として消防団員もある自分も身が引き締まる思いでした。
報道機関が規制線の内側まで入り込み止めに入った消防団員(地元住民)が殉職したというメディア災害でもあり、複雑な気持ちを抱きました。
また、近くには災害時に活躍した自衛隊のV-107と60式装甲車が雲仙普賢岳を向いています。
島原温泉ゆとろぎの湯に入浴
雲仙温泉に行ってみたかったのですが、時間の都合上断念。
そこで、島原温泉ゆとろぎの湯に入浴し、夜の散歩をしてみました。
銭湯ライクな地元民に愛されている日帰り温泉です。
平日ということもあり、男湯はおじいちゃんばっかりでした。
島原一番街に隣接しており、島原観光の際は寄ってみるといいと思います。
城下町らしく素敵な建物がたくさんあり、今度はゆっくり観光できたらいいなと思いました。
愛知県民的には、そこらじゅうで水が出ている城下町といった風情がなんとなく郡上八幡を思い起こせる町であると言えます。
6日目:原城跡、国道九四フェリーで四国へ
道の駅で車中泊し、原城跡へ。
島原の乱で天草一郎をはじめとした一揆勢が立てこもった城跡です。
徳川幕府による徹底的な破壊によって遺構は多く残っていないものの、わずかに石垣や破却された石などが残っています。
海を向いた像が物悲しかったです。
国道九四フェリーで四国へ
九州から四国へ直接向かう場合の向かう最安ルートである国道九四フェリーに乗船。
下道オンリーで行ったので、原城跡からフェリーに行くのに7時間近くかかりました。
佐賀関から伊予まで約1時間の船旅。
1000トン級のフェリーは風も強かったこともありそこそこ揺れました。
ロールとかピッチならともかく、波によるドーンという突発的な振動が怖かった。
さんふらわあのような大きなフェリーばかり使っている自分としては酔わなくてよかったと一安心。
船はきれいであり、海上国道としての海の上の時間を過ごせました。
7日目:道後温泉で温泉に入れず
1年半ぶりの道後温泉。
まだ改修工事をしていた。
軽便鉄道たる坊ちゃん列車の可愛さが光る。
基本的に坊ちゃんは松山の悪口しか書いていないと思うが、それを全面的に観光として用いる胆力が好き。