日記

南米からの日系2世に「大和民族」が駆逐される日は近い

 

 

マクドナルドに行ったときにブラジル系の高校生ぐらいの男の子たちが大きな声で談笑していた。

彼らの声が大きいのは民族性のこともあるし、マクドナルドで大声で喋っていることを咎めるつもりは全くない。おばちゃんの井戸端会議の方が圧倒的にうるさい。

私はスペイン語を勉強しており、何となく彼らの喋ることが気になったのでビッグマックを食べながら盗み聞きをしていた。

彼らは友人がどうしたとか、彼女がどうしたとかの一般的な高校生の話をしていた。

しばらくすると、お代わりを頼もうとカウンターに向かい、店員に向かって流暢な日本語でナゲットを頼んだ。

私は感心するとともに、10年後、20年後の三河はどうなるのだろうと考えた。

 

三河に住む移民

私は三河に住んでいる。

ご存知の通り、三河地方はトヨタをはじめとした自動車、製造業が盛んだ。

製造業には工場がつきものであり、工場労働者を広く欲している。そのため、三河の有効求人倍率は非常に高く、全国的に見ても常に人手不足の地でもある。

そのため、1990年に入国管理法が改正されると、三河には日系人が移民してくるようになった。

日系人は日本に永住し、そこで子供を儲けてしっかりと生活をしていく。

 

私が一緒に過ごした日系人との思い出

私は1995年生まれだが、小学生の頃からクラスに数人は外国人がいた。

職場の奥さんの息子さん曰く、今は30人の学級に4人ぐらいはいるとのことである。

彼らは日本語をあまり話せなかったが、いじめもなく上手く付き合っていた思い出がある。

中学校に入ると、日本語もネイティブ同様になり、外国人だと区別するような同級生はいなかった。

しかしながら、彼らはやはりブラジル人同士で遊ぶことが多く、だんだんと疎遠になっていった。

期間工として働いている日系ブラジル人は、どうやらあまり子供の教育に熱心ではなく、塾や大学進学をする日系人の同級生は自分の周りにはいない。

もっとも、三河という地域の特性上、ブルーカラーであっても可処分所得は高いため、学習に力を入れるインセンティブが他の地域より薄いため、日本人であってもあまり進学熱は高くないのもある。

成人した彼らは、多くが親と同様に工場に勤め、子供を産む。彼らは平均的な三河のロウアーミドル・アッパーマス層としてのロールを演じている。

一部では保見団地や知立団地のようなスラムを形成している人々もいるがそれは日系人の一部の話であるように思われる。仕事にまじめに取り組んでいる人も多く、建売住宅に入居して、休日はバーベキューをしている近所のお兄さんのように成功している日系人も多いのだ。

 

日系人の子供たちが大学に行けば「大和民族」に勝ち目はない

本題に入ろう。

成功したブラジルをはじめとした日系人が子供に高等教育を施せばどうなるだろうか?

はじめに書いたように、彼らは友人間ではポルトガル語やスペイン語などを話す。しかし、日系人の子供たち(移民2世)は日本語が母語であり、この時点でバイリンガルとなる。英語教育が叫ばれている今日であるが、スペイン語やポルトガル語の話者はまだまだ少なく、また南米という地は経済発展が見込まれるフロンティアでもある。

彼らが大学に行き、就職をする際には「大和民族」つまりモノリンガルの純日本人(この場合の「大和民族」「純日本人」は外国にバックボーンを持たない日本国籍保持者のことを指す)よりも移民2世の方が就職において有利に取り扱われるのは想像に難くない。

 

「大和民族」は努力が必要である

 

地球の反対側から苦労してやってきた日系人は、日本に永住して努力をして子供を儲けた。そんな2世たちも親の言語習得の苦難をバイリンガルという強みに変えて現在の国際化時代に羽ばたいていくだろう。

そんな彼らに対して、ごく一部の人々ではあるが「移民は不真面目」「外国人は帰れ」などと心無い言葉を浴びせるのは許しがたい。

我々「大和民族」は移民の努力に対して、ヘイトスピーチを投げかけるのではなく、彼らを手本、そしてライバルとしてお互いに切磋琢磨しあい伸ばしあっていかねばならない。

彼らの言語的アドバンテージは強大であり、それらを生かしていくことが将来の日本の発展をもたらすものではないかと私は考えている。